
【Tales & People ~どうやって生きるかは、自分自身で見つける~】 vol.2 大石 学
取材をきっかけに出逢った人たちの魅力や、そこから感じ取ったフィロソフィを書き伝える。
これから旅行を考えている人も、そこで生活する人たちの想いを知ってからその土地を訪れれば旅に奥行きがうまれ、より思い出に残る旅行になるのではないか。
「そんな地域の魅力の発信の仕方もいいんじゃない?」
そう考え、スタートした連載《Tales & People》。
第二回は、前回お話を伺ったベイコン綾子さんが「まるで旅人のよう」とその魅力を語ってくれた大石学さんに会いに行ってきました。
敷かれたレールを外れることで、新たな価値観が見出される。
「Thank you for Waiting !」
そう言って、カウンター越しに待つスノーウェア姿の外国人にコーヒーを手渡す。
こんな風景を見ていると、ここは海外のスノーリゾートなんじゃないかって錯覚してしまいます。
そんなHAKUBA VALLEYの玄関口、白馬駅に隣接する『HAKUBA COFFEE STAND』。
2018年にオープンして以来、たくさんの人がこの店のコーヒーを求めて訪れます。
経営しているのは、静岡県出身の大石学さん。
そう、学さんは県外からの移住者なんです。
どうしてこんな雪国で生活を?
現在に至るまでのストーリーを聞いてみると、なかなか波乱万丈。学さんの場合、強い信念を持ってやり通してきた、というよりはターニングポイントとなる点とその先にあるやりたいことを結びながら線を伸ばしていったら今に辿り着いたって感じ。
話の節々で、そういう生き方だからこそ何かあったときにも余裕をもって対処できるんだなぁと感じられました。
画一的な日本の教育システムに疑問を感じ、渡米。
地元の進学校から都内の大学に進んだ学さん。中学時代も推薦で高校の特別進学クラスに入れるほど模範的な生徒だったのだそう。
しかし、いつからか画一的な日本の教育に疑問を抱くようになり、自分もそのシステム通りに親や先生が敷いたレールの上をひたすら走っている感じがイヤになっていったんだとか。
そこで思いついたのが、自分の力でレールを外れてみること。
大学在学中に資金を貯め、卒業と同時にアメリカに渡ります。
ところがアメリカでもなお、日本人は日本人同士で集まりコミュニティを形成していました。
それこそ渡米した当初は日本人の互助精神に助けられたところもありましたが、海外に来てまで日本人同士で群れていても仕方がないと感じた学さんは意識的にローカルと行動するように。
すると、そこからリスペクトの精神を学びます。
というのも日本人流の義理にはやってあげる感覚に近いものがあり、強制されている感じが否めず、それでは敬意や尊敬も生まれにくい。
一方、アメリカではカジュアルなリスペクトが頻繁にあり、だれに対しても褒めたり応援したりすることが日常茶飯事。
学さんの感じていた日本の窮屈さって、こういった感覚の違いだったのかもしれませんね。
こうしてアメリカンライフを満喫していた学さんですが渡米して一年が過ぎる頃には、いよいよ資金も底をついてしまい、泣く泣く帰国。
白馬の雄大な自然にシンクロした自分なりのライフスタイル。
帰国後は突然スノーボードに興味が湧き、すぐさま都内にあるウィンタースポーツの専門学校に入学願書を提出。
自らの意思でアメリカに渡り、やりたいことをやり通すことで新しい価値観を見出せると確信していた学さんは、いつからか思い立ったらすぐ行動できるようになっていました。
その学校の研修で訪れた白馬に魅力を感じ、卒業後もウィンターシーズンの度に白馬で働きながら休日はスノーボードを満喫。
いわゆる山籠もり生活を数年間繰り返していました。
冬だけでなくオフシーズンでも普段の生活でストレスを感じるとその足で白馬を訪れ、気持ちをリセットしていたんだとか。
見渡すかぎり山! 山! 山! の雄大な自然を目の当たりにしたときの「整った!」って感覚、ボクも何度も経験しましたが、ほんとすごいんです。
白馬に住みたい。移住しよう。
そうなってくると、だんだん白馬移住に気持ちが向いてくるのは自然の摂理。
移住をしてからお世話になっていたホテルオーナーの口利きで白馬の空きテナントで居酒屋をはじめることに。
居酒屋の営業は順調に進み、店を通じて多くの知り合いができました。
もともと画一的な教育システムや体裁を気にする日本の国民性みたいなものに疑問を感じていた学さんですが、HAKUBA VALLEYは移住者や外国人も多く生活する場所。
学さんと同じような考え方やフィロソフィを持った日本人がたくさんいる環境にますます魅力を感じ、ここに根差して自分なりに白馬の魅力を発信していきたいと考えるようになりました。
ところが居酒屋をはじめて8年目、思わぬ転機が訪れます。
ちょうど白馬はインバウンドブームで盛り上がっていた頃。空き物件の需要も高まり、家賃相場も高騰。
その影響もあってか、店舗の契約更新の折り合いがつかず閉店せざるをえなくなってしまいました。
離れてみて改めて実感した白馬の魅力。
結局仕事がなくなってしまった学さんですが、あまり悲観することもなく「せっかく時間もできたからまた海外に行ってみようかな。」と、あっけらかんと考え、たまたま求人を見つけてインドに渡ります。
でも、やっぱり白馬が恋しくなっちゃった(笑)
結局数年で白馬に戻り、たまたま縁があってちょうど白馬にオープンすることになったTHE NORTH FACE GRAVITYのオープニングスタッフとして働くことになりました。
この店舗、2階にはカフェスペースが併設されていて学さんはこれまでの飲食業の経験を買われて、そのカフェスペースを担当することに。
じつは学さん、この時までコーヒーがあまり好きじゃなかったんだとか。
それでも勉強だと思い、周辺のカフェやコーヒーショップに足を運びました。
そんな中、10年来の友人でもある松浦さんが経営する大町市の『UNITE COFFEE(ユナイトコーヒー)』と、そこで提供された自家焙煎のシティローストに出合いました。
それまで基本的にコーヒーは苦いものだと思っていた学さん。これを飲んで衝撃を受けます。
このコーヒーとの出合いが、学さんのコーヒーへの情熱を加速させていきました。
興味を持つフックは苦手意識から。同じ境遇の人に魅力を伝えるための第一歩。
コーヒーの楽しみ方を知ってからというもの、学さんは豆のセレクトから焙煎、抽出による味の違いに至るまで、日々考えるのはコーヒーのことばかり。
次第に苦みにも豆ごとの個性があることを知り、ディープローストにも魅力を感じるようになりました。
最近では松浦さんに師事し、焙煎修業もしています。白馬駅前にマイクロロースターが誕生する日も、そう遠くないかも。
ますますコーヒーの虜になっていった学さんですが、この魅力を多くの人に伝えるためにはどうしたらいいかと考え、辿り着いた答えがこれ。
「とことんこだわって自分のスキルを高めるのもいいけど、誰が淹れても同じクオリティのコーヒーを提供できることがお客さんにとっては一番だよな。」
そんな学さんのフィロソフィは自身がマネージャーを務めるペンギンカフェとハクバコーヒースタンドで活かされています。
白馬でしか味わえないコーヒーをいつ、どんな時でも提供したい。
ペンギンカフェではエアロプレス、コーヒースタンドではクレバードリッパーを用いた抽出法をそれぞれ採用。
どちらも一定量の挽き豆とお湯さえあれば安定したクオリティでコーヒーを提供できるものなんですが、共通点はプロセスが簡単でアウトドアフィールドにも普及しているところ。
せっかく白馬で飲むんだから、大自然の中で淹れたような味わいのコーヒーを提供したいっていうのが学さんのこだわり。中でも、特にこだわっているのが白馬の水を使うこと。
コーヒーも好きだけど、白馬も好き。そしたら白馬でしか飲めない最高のコーヒーにしたらいいじゃないかって考えた結果が現在のスタイルです。
ちなみに、姫川湧水が源流となっている白馬の水は、雄大な自然が育んだミネラルを多く含む軟水。ミネラル分の多い軟水を使用することで、コーヒーは苦みが抑えられたまろやかな味わいになるといいます。
まさに白馬の水はコーヒーが苦手な人でもおいしいと感じてもらえる飲みやすさと、この土地ならではのスペシャリティを体現するためにはうってつけのエレメントだったんです。
NAGANO COFFEE FESTIVALを開催。
素材にこだわったら、あとはもうこの土地にコーヒーの文化を広めるだけ。
スノーシーズンに比べ、人の行き来が少なくなるグリーンシーズン。
「深緑の白馬も冬に負けないぐらい素晴らしいから、もっと多くの人に訪れてもらう良いアイデアはないだろうか。」
そう考えていた矢先に見つけたのが東京・青山で開催されているTOKYO COFFEE FESTIVALでした。イベント風景をひと目見て「これだ!」と思った学さん。白馬に帰り、すぐにイベントを一緒に実行してくれる有志を集いました。
そして、集まった7人のメンバーで2018年からはじめたのが『NAGANO COFFEE FESTIVAL』。
初開催にして、2日間で2000人強の来場がありました。
イベントでは、学さんが常々掲げている「白馬で淹れるコーヒーには白馬の水を使う」というポリシーを出店者全員と共有。
出店者が白馬の水を使うことで、開催した土地の魅力も伝えることができました。
学さんには、これからもコーヒーをフックにHAKUBA VALLEYの魅力を伝えていってもらいたいと思います。
「話を聞いても、埃(ほこり)しかでてきませんよ(笑)」と言っていた学さん。
あまり埃は出てきませんでしたが、《本当に良いと思えたものを提供している》という誇りはじゅうぶんに感じましたよ。
▼From ベイコン綾子
「ガクさんのイメージ、『旅人』なんですよね、ワタシの中では。
優しい眼差しの中にアツい想いを秘めた人です。彼の書く文章も好き。ガクさんが淹れるコーヒーも好き。あ、でもワタシ、ペンギンカフェさんではタピオカ入りのミルクティ頼むことが多い。オススメです笑」
大石学
静岡県出身。白馬村内でPenguin caféとHAKUBA COFFEE STANDの2店舗にてマネージャーを務める。特にコーヒーへの思い入れは強く、現在は自家焙煎したコーヒーを店舗で提供できるよう、友人でもあるUNITE COFFEEの松浦さんの元で焙煎の修行に励んでいる。